〇教会の沿革

 大正7年1月23日設立。初代会長大木政次郎。
 大木政次郎の入信は、ひどいどもりで声が出なかったことから、と聞いている。
 家は片山萬太郎の教えを受けていた大木一族の住む北豊島郡下練馬村にあり、川越街道沿いで、片山萬太郎が牛込支教会から埼玉県の白子方面の講社へ通う、途中の休憩所のようにしていたところから、大木政次郎の父・大木金次郎がまず入信。
 その次男である政次郎がお道の話を聞くようになり、牛込の青年としておぢばの東分教会の詰所で何年か勤めた。
 大木政次郎は、下練馬村に戻ってきて、布教に専念したがなかなか道がつかなかった。
 練馬分教会は、教祖四十年祭に向っての教会倍加運動の気運の中、親戚の者たちの名前を連ねて設立した教会です。
 教祖やその側近のおたすけ人たちのように、教会も作らずおたすけをした人たちを始め、わが牛込初代・古田栄五郎、数々の教会を作った泉田藤吉や、二代目教祖とかたすけのおよしと言われた東本大教会の中川よしのように、一人ひとりのおたすけをおつとめの教理で正して、そして、それから信者になって教会ができたという出来方ではなかった。
 私の祖母、古田栄五郎初代会長の孫娘である旧姓片山シマが、結婚するのを機会に練馬分教会の大木政次郎はじめ道を聞いた人たちが安心して教理の勉強ができる教会を作ろうということで、大木政次郎の親戚を中心にして教会を作った。  練馬分教会の性質というものは、教理勉強が、皆が自由にできるという形で作られた歴史がある。



〇系統図

〇系図




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