○ニ下り目


 真の治まりということを教えられています。

 治めるのは、力で弱い者を抑えつけるのではなくて、 難渋をた すける心なら、どのような 世界も治まる、ということを教えられている下りです。

とんとんとんと正月おどりはじめは
やれおもしろい


 踊り初めというのは、おつとめのことです。

二ッ ふしぎなふしんかかれば
    やれにぎわしや


 みながそれぞれの個性を発揮して互いにたすけ合い、 一人残ら ず、喜んで暮らせるような 世界建設を、おつとめで教えられています。

 その世界をつくるために、自分が働くことが 借物の 理ということです。

 互いたすけ合いの真理に基づいて生まれ、 育ってき た私たちの身体は、互いたすけ合いの 世界をつ くるのに適しているということです。

 ひとりのものが、力づくで皆を抑えて 統治する ような世界には適さない、不向きだということです。

 自分の本性にも合い、世界の真理にも合っ ているか ら、陽気づくめの世界をつくるために、 かんろだ いつとめの理を理解し、努力し始めたら、 生き甲斐が 持て、安心感が持てるのです。

これはその心になって取り掛かったら、 そのとき から勇めるのだ、 ということを教えられているのです。

三ッ みにつく

四ッ よなおり


 おつとめの理合いが身につけば、 力づくで 支配しようと争っている 人間たちとは、同じ世界でも、捉え方も感じ方も変わるのです。
また、客観的にも変わってくるのです。

 おつとめの理合いが理解され、身についたら、 世界が変 わってしまうということです。
そして、

五ッ いづれもつきくるならば

六ッ むほんのねをきろう


 かんろだいに向って、たすけ合う 心に誰も がなるのなら、謀反の心は 根本から断たれてしまうのです。

 力による統治では、どんなに 強い者が 世界を統治しても、 相手が自分より強いから 従っているというのが、下の人間の感覚です。

そして今に見ていろという人間が 大勢出現 し、限りない倒し合いが始まるのです。

 力による支配は謀反の根が絶えないのです。

 しかしおつとめの理合いが身につけば、 謀反の根 は切れてしまうのです。

七ッ なんじゅうをすくいあぐれば

八ッ やまいのねをきろう


 互いたすけ合いのためのおつとめの理合いは、 自分が具 体的に暮らす時には、 自分と相手の間で、 自分の持ち味を活かして、相手に喜んでもらうことだと 捉えてい ますから、難渋をたすける心がおつとめの理なのです。

 教祖は、かんろだいつとめの真理を たった一 言で「人を たすける心」と表現されています。

 そしてその心で通れば 病の根が 切れてしまうのです。
自分の心の中の葛藤、自分が余計な 欲を出し 、欲求不満 になっていることが世の中では多いのですけれども、 物事を正 確に見て、互い たすけ合いの世界だと思えば、 物を欲し がったり、人の 前で威張ったりという欲望は馬鹿 らしくな り、欲求不満はなくなるのです。

 身体も、この調和を調える ことを心 掛ければ調子よくなるのです。

それを他に及ぼし、例えば、夫婦の仲で、 俺が女房 を支配するとか、 私が亭主を尻に敷くとかいって起こる家庭の病も、 お互いが 自分の働きで、 良い世界よい家庭を作ろうとすれば、 家庭内の 病の根も切れるのです。

 一人が気ままを言って、他が我慢 するのが 家庭の病です。

一人の偉い人が気ままを言い、 下の者は それに従うのが社会の伝統 だという のが社会の病です。

 貧富の差という病も、 難渋を救 い上げる心がないから起るのです。 <

公害は地球の病ですが、それを防ぐのも 難渋を救 い上げる心で病の根は切れるのです。

九ッ こころをさだめいよなら

十デ ところのおさまりや


 かんろだいつとめの理を 心に治め れば、所の治まりだということです。


よろづよ八首
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