〇七下り目


 真の種蒔き、善き地に善き種を 蒔く生き 甲斐、をテーマにして 教えて下 さったくだりです。

 善き地に善き種と言うとき に、仏教 における福田思想が 基になっ て、説かれているのです。

 教祖のいた時代には、福 田という 考えが、話す人にも聞く 人の中にも常識 として染 み込んでいたという事情があります。

 福田というのは、八福田のように 詳しく説 かれる場合もあります けれども、多くは 三福会館 などというように、三福田として説かれています。

 敬田、悲田、恩田という 代表的な 三福田が説かれています。

 敬田というのは、真理を開発し 教えてく れる所を敬い、そこに 種を蒔く ことが人生の善き収穫があ るという喩えです。

 仏法僧というように、真理を 教えてく れる人を指し、またその人 を応援するという意 味になるのです。

 敬田には、真理を説くということ と、その 真理を説く人を支えるという、 それを法施、財施 という言 い方をしている二つの 考え方が あるのです。
その考えが、敬田に種を蒔くという 立派な行 動になっているという ことです。

 悲田というのは慈悲の悲で、強 い慈しみ の心を「悲」と表わし ているのです。
今で言えば社会福祉の考え方です。
それが悲田に種を 蒔くとい うことなのです。

 恩田というのは、このような 人たちに 御恩報じをするため に働くことです。
それを恩田に種を蒔くと言っているのです。

 こういう仏教の考え方をふ まえて、 教祖はこの七下り目をお話し くだされ ているのです。

本当の種蒔きというのは、

一ッ ひとことはなしはひのきしん
    においばかりをかけておく


 教祖の教えた真理を教えることが 一番重大 なひのきしんである ということです。

二ッ ふかいこころがあるなれば
    たれもとめるでないほどに


 教祖の教えが理解できて、それが 人間の本 性であり、それが生き甲斐になり、世の 中を善くすること だと理解 できたら、人からどう 言われようとも、 誰にも止 めることはできないということです。

三ッ みなせかいのこころには
    田地のいらぬものはない

四ッ よきぢがあらばいちれつに
    たれもほしいであろうがな

五ッ いづれのかたもおなじこと
    わしもあのぢをもとめたい


 働き甲斐のある善き地で働きたい というの は誰もが望んでいること だという ことをおっしゃっています。

六ッ むりにどうせとゆわんでな
    そこはめいめいのむねしだい


 これはポンと突き放した冷たい 言い方で すが、学びたくない者は学ぶな、 人だすけをしたく ない者は するなということです。

 けれども教祖は、一人も 余さずた すけたいから、この真理を是非 知ってくれと教えている のですか ら、どうでも良いことではないのです。

 どんなに努力してでもこの 真理を学 んで、無駄のない人生を送って くれという思いで「 そこは銘 々の胸次第」という言い方をして いるのです。

七ッ なんでも田地がほしいから
    あたえはなにほどいるとても


 働き甲斐のある田地が欲しい からと、 値が高いのを承知で買う ではないか、一生懸命働いて 生き甲斐 のある人生を送るのか、 それとも、何が真理か見極め もせず、 世の中にどう役立ってい るかも考えずに、 努力もな く世渡りして、「俺の生涯、なんだったんだろう」 という生 き方をするのか、自分で 選ばなけ ればならないということです。

八ッ やしきはかみの田地やで
    まいたるたねはみなはえる

九ッ ここはこのよの田地なら
    わしもしつかりたねをまこ


 福田は、教祖のいらっしゃる 所、とい うことです。

 真理を説く教祖と、それを教え続け ようとす る教祖の弟子たちのところ へ力を注いでくれ、 それで世 界がたすかってゆくのです。
骨折っても一番やりがいのある 人生にな るよと「蒔いたる種は皆生える」 とおっしゃっているのです。

十ド このたびいちれつに
 ようこそたねをまきにきた

たねをまいたるそのかたは
こえをおかずにつくりとり


 実際の農業の上で、収穫を 増すため の肥のさづけではないことを おっしゃっています。

また収穫を増すための種でもないのです。

 善き地に善き種を蒔き、その結果 生えてき た、実ってきたといっても、どんな に気候がよく、水の管理が よくても 肥え・肥料がなければ実りはないという ことは、 農民はよく知っていました。

 どんなに手入れをしても、 どんなに 環境に恵まれても肥料っ気 がなければ実りが 少ないこ とをよく知っていたのです。

 「こえもおかずにつくりとり」 というの は、実際の収穫量を問題 にしているのではない というこ とを明らかにし、ここで付け加えて いると思います。


よろづよ八首
一下り目二下り目三下り目四下り目
五下り目六下り目七下り目八下り目
九下り目十下り目十一下り目十二下り目
神殿講話に戻るには、このページを閉じて下さい。