〇四下り目


心の澄ませ方、心の治め方を教えてくださっています。

一ッ ひとがなにごとゆおうとも
   かみがみているきをしずめ


 教祖は、他人がどう言おうと、 神様がみ ているから、真理に添っていれば 気にする ことはない、とおっしゃっているのです。

二ッ ふたりのこころをおさめいよ
   なにかのこともあらわれる


 「ふたり」と言うのは教祖と私という意味です。

扇を持って立て、拳一つあけて、 かんろだ いに向って進むという身振りをします。

教祖の心を私の心として治めることが第一だということです。

そして教祖の教えを理解した私が、 まだ理解 していない人に理解してもらい、 たすけ合 いの心を治めてもらうこと、これが 「布教」 ということです。大切なことだということです。

三ッ みなみていよそばなもの
   かみのすることなすことを


 傍な者というのは、具体的には 秀司さん たちのことをおっしゃっています。

広くは、周囲の人たち皆に、 特に教祖 の教えを歪めている者たちに対しての言葉です。

四ッ よるひるどんちゃんつとめする
   そばもやかましうたてかろ

五ッ いつもたすけがせくからに
   はやくようきになりてこい


 「夜」「昼」と扇を動かした時に、 「夜」と 扇を動かすと「月」がかんろだい の方に向 かって見えるようになります。 これが月日の扇だとよくわかるということです。

 昼夜の区別なくおつとめをして 精神修養 をしているのを、皆は煩わしいことと思う かもしれ ないけれども、鳴り物から調和という ことを学 んで、自分が理解するだけでなくて、 人に伝え るための方法を言葉や身体 で表す訓 練をして、世直しを進めてゆかねばならない。

世直しに進んでいる時は勇む ことが大 切だということをおっしゃっています。

六ッ むらかたはやくにたすけたい
   なれどこころがわからいで


 「むらかた」と言うのは利害関係者 という言 葉に置き換えたら意味がはっきりします。

 村方は、たすけ一条という目的に、 なるほど そうですねとは、なかなか言ってくれないものです。

 身近にいる者・利害関係者に配慮を しながら 、目的に向かって進んで ゆくこと が大事なことだと教えています。

七ッ なにかよろづのたすけあい
   むねのうちよりしあんせよ


 「何かよろづのたすけ合い」この ときの手 振りでは扇を持って縦投げをします。

陰陽が所を替えて、立場を替えて、 補い合い たすけ合うという意味を表わしています。

 この世がたすけ合いの世界である というこ とをしっかりと考えて 行動しなさいということです。

八ッ やまいのすつきりねはぬける
   こころはだんだんいさみくる


かんろだいの理、陽気づくめの理で 心が正さ れ、自分の進路を見誤って 行き詰ま っているものが正され、抑圧から解放 されると、それだけで、 顔つきま で明るくなって変わってくるのです。

話している最中にも顔つきが 変わって くるというくらい、心が解放され 伸び伸びとしてくるのです。

この状態になるのが「病のすっ きり根は 抜ける」ということです。

病の原因になっているものを取り除くということです。

本当の互いたすけ合いの真理を 身につけ ることで、根は抜けるのです。

そうなれば心は勇んでくる のだとい うことを教えられているのです。

九ッ ここはこのよのごくらくや
   わしもはやばやまいりたい

十ド このたびむねのうち 
   すみきりましたがありがたい


 真理に基づき、たすけ合いをす れば、こ の世は極楽になるとおっしゃっているのです。

理に基づき、たすけ合いをした ら、この 世の極楽になるということです。

そのためには、人が何と言っても、間違い のない世 界をつくっているという 自尊心を持って 心を治めなさいということです。

そういう心遣いが出来れば 「十ドこ の度胸の内澄み切りましたが有 り難い」 という境地になるとおっしゃっています。


よろづよ八首
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五下り目六下り目七下り目八下り目
九下り目十下り目十一下り目十二下 り目
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